あいおん徒然ブログ

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「ワンヴォイス」を観てきました

ハワイのオアフ島にある「カメハメハ・スクール」で毎年3月に開催される「ハワイアン・スクール・ソング・コンテスト」という合唱コンクールを追ったドキュメント映画を観てきました。

そもそもこの学校はネイティブ・ハワイアンの血を引く子どもたちが通うこの名門校で、このコンテストも学年対抗でハワイ語で歌われる合唱曲で競われます。この映画では各学年ごとの指揮者に選ばれた生徒たちを中心に教師や協力者、家族を交えて1年がかりで本番に向けて猛練習を行う様を追ったものです。

曲が様々な過程を経て仕上がっていき本番で披露されるわけですが、本番のシーンは圧巻です。スクリーン越しに観ているこちらまで歌が1曲終わるたびに「イエーイ!」と叫んでしまいそうになりました。そしてなにより興味深かったのは曲はすべてハワイ語で歌われるということ。外国人である自分の感覚では、ネイティブ・ハワイアンの血を引く子供たちだからハワイ語を使うのはそれほど難しいことではないだろう、と勝手に思い込んでいたのですが、改めて歴史的な側面に気が付かされます。ハワイ語がハワイの公用語に認められたのは1987年で、それまでは学校でハワイ語を使用することは禁じられていたそうです。そして彼らが学校でハワイ語に触れることができるようになったのもつい最近であって、彼らにとっても学ぶものだったということは驚きでした。

学校の生徒たちもみなネイティブ・ハワイアンの血を引いてはいても見た目には、ハワイアン、白人、日系、中国系など人種は様々に見えます。しかしながら、彼らにとって「ハワイ人」であることは非常に重要な意味を持ち、みんなが同じ価値観を共有していることがよくわかります。単一民族である我々が自らを「日本人」と意識するよりも、もっと強いものを感じました。彼等にとって「ハワイ語」を理解し使うことはあたかも使命のような印象を受けます。特に印象的だったのは、同じ学校に通っていた生徒の両親が「自分たちの頃は「ハワイ語」を使用することができず「ハワイ語」ができなかった。でも子供たちは「ハワイ語」を学ぶことができて羨ましい」というようなコメントでした。自分達の固有の文化を自分達が使うことができなかったもどかしさを強く感じました。日本でも戦後のGHQ進駐時代に学校ではすべての文字をローマ字に統一するということが真剣に検討されていて結局それは実現されなかったので今があるわけですが、もしそれが実現されていたとしたら同じような感覚を味わうことになったのかもしれません。その意味では日本人は幸運だったのかもしれません。ハワイの人たちは自分達の文化を他の文化から否定されていたわけですからその憤りは想像をはるかに超えていたのではないでしょうか。

先の生徒の両親がさらに「自分達が英語の次に教えられたのは「日本語」だった。それは観光業に役に立つから」と語っていました。これはなかなか衝撃でした。そのおかげで「ハワイでは日本語がかなり通じる」という能天気なガイドブック的な表現がまかり通っていると思うとなんだか複雑な心境です。

話が戻りますが、彼らにとってもハワイ語はまだ理解しなければならないことが多く、歌の練習中にオキナ(ハワイ語の表記に用いられるアポストロフィに似た形の文字)の意味合いと発音を教師から強く指導される様子などなかなか興味深いシーンでした。

そのほかにも彼らの生活の背景やオアフ島北部のカフクから毎日1時間半掛けてスクールバスで通うの様など、観光で立ち寄っただけでは目にすることはない「ハワイ人」の生活の一部など印象に残る場面を見ることができます。

ハワイが好きな方、ハワイの音楽が好きな方はもちろん、言い方が乱暴ですがワイキキとアラモアナ・ショッピングセンターしか興味がない人にもぜひ観ていただきたい映画です。

ウクレレやスラック・キー・ギターを弾いてハワイの音楽を歌うときにも、ただCDでメロディだけを追ったり楽譜だけで弾けたような気になるだけでなく、その曲の背景や歌詞の意味を深く理解して演奏できるようになりたいものです。

「ワンヴォイス」公式HP
http://www.onevoicemovie.jp/index.html

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